ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。「ユニクロ」「ジーユー」を運営するファーストリテイリングと、「無印良品」を展開する良品計画の2024年8月期決算が発表された。ともに最高業績を更新したが、詳細にみると両社にはかなりの実力差があると小島氏は主張する。
「ユニクロ」のファーストリテイリングと「無印良品」の良品計画の2024年8月期決算は、どちらも過去最高業績となったが、経営効率や運営効率を仔細に見れば両社の乖離は大きく、「企業の生き様」は根本から異なる。いったい両社は何が違うのだろうか。
全方位で稼ぐ体制で過去最高の業績となったファーストリテイリング
ファーストリテイリングの24年8月期決算は、売上高に相当する売上収益が前期から12.2%伸びて3兆1038億円と3兆円の大台に乗り、営業利益も5009億円と同31.4%伸びて売上対比16.1%(前期は13.8%)に達し、親会社の所有者に帰属する当期利益も3720億円と同25.6%伸び、いずれも過去最高業績を更新した。
海外ユニクロ事業の売上収益は19.1%増の1兆7118億円、営業利益は24.9%増の2834億円と大幅な増収増益で過去最高の業績となり、全社に占める比率も売上収益で55.2%と3.2ポイント上昇したが、営業利益の比率は国内ユニクロの営業利益回復で59.8%と1.9ポイント低下した。欧州は売上収益が44.5%増の2765億円、北米も32.8%増の2177億円と急加速し、営業利益率も欧州が16.8%、北米が16.0%と海外ユニクロ事業の全体水準(16.6%)に達した。グレーターチャイナこそ売上収益が9.2%増の6770億円、営業利益が0.5%増の1048億円で営業利益率は15.5%と勢いが鈍っているが収益力は極めて高く、世界で稼げるグローバルブランド体制が強固に確立されたと評価される。
国内ユニクロ事業も売上収益が4.7%増の9322億円、営業利益が32.2%増の1558億円と増収、大幅な増益で、営業利益率も16.7%(前期は13.2%)と海外ユニクロ事業に並んだ。上期(9〜2月)こそ残暑と暖冬で既存店売上高(オンライン含む)が96.6%、客数が95.0%と伸び悩んだが、下期(3〜8月)は消費の回復と猛暑に夏商品の拡充が奏功して既存店売上高が111.7%、客数が104.1%と急回復。前期の上期55.61%、下期44.39%の売り上げバランスから上期52.00%、下期48.00%と3.61ポイントも春夏シフトが進んで、防寒アイテムに依存して秋冬で稼ぐ片足営業から秋冬も春夏も稼ぐ両足営業へとMD展開が一変したことが注目される(10月3日掲載の「アパレルのシーズンMDは『亜熱帯化』でどう変わったか」に詳しい)。
グローバルに受け入れられる「ライフウエア」へのスペックとウエアリングの進化、各国市場の生活文化や気候に対応するMD展開のローカライズ、サプライと在庫運用の精度向上による粗利益率の上昇、大型化とDX(デジタルトランスフォーメーション)による店舗運営の効率化が相まって、世界の何処でも稼げる、秋冬も春夏も稼げる強固な体制が確立されたゆえの好業績と評価される。
ジーユー事業も迷いが吹っ切れて、計画生産可能な(ユニクロよりは短納期だが)マストレンドを縦売りする、ユニクロに近いMD編成と開発体制を固めつつある。24年8月期は売上収益が8.1%増の3191億円、営業利益が28.9%増の337億円(売上対比10.6%)とまだ助走段階だが、売上収益1兆円を目指して急加速すると期待される。
ユニクロのグローバル覇権体制が整って加速し、ジーユーもグローバル展開を加速していくから、「ザラ」のインディテックスを抜いてグローバルSPAの首位に立つという当面のゴール(もはやその先も見えてきた)も射程に入ったのではないか。
過去最高業績でも不安が残る良品計画
良品計画の24年8月期決算も売上高に相当する営業収益が13.8%増の6617億円、営業利益が69.4%増の561億円、親会社株主に帰属する当期純利益は本社売却益の計上も加わって88.5%増の416億円と、いずれも過去最高業績を更新した。営業利益率は8.5%と前期から2.8ポイント上昇したが、ファーストリテイリングの16.1%とは倍近い格差がある。
海外事業の営業収益が2727億円と14.3%伸びて全社の41.2%(+0.2ポイント)を占め、営業利益は33.3%伸びて営業利益率は12.3%(グローバル販管費を差し引いた推定水準注1、以下同)と2.3ポイント上昇したが、全社に占める割合は国内事業の収益回復で53.5%と前期から4.8ポイント低下した。
東アジアは売上収益が1945億円と13.4%伸びて全社の29.4%(前期比−0.1ポイント)を占め、営業利益は16.7%伸びて営業利益率は13.9%(セグメント最高率)と0.6ポイント上昇した。東南アジア・オセアニアは売上収益が391億円と24.4%伸びて(セグメント最高伸び率)全社の5.9%(前期比+0.5ポイント)を占め、営業利益は59.8%伸びて営業利益率は7.4%と2.7ポイント上昇した。欧米は売上収益が390億円と10%の伸びにとどまって全社の5.9%と0.2ポイント低下したが、営業利益は6倍近く伸びて営業利益率は9.7%と連結営業利益率(8.5%)を上回った。
国内事業は売上収益が3889億円と13.4%伸びて全社の58.8%を占め(−0.2ポイント)、営業利益は61.8%も伸びて営業利益率は5.8%と3.0ポイントも上向き、全社に占める割合も46.5%と4.8ポイント上昇したが、海外事業の営業利益率に比べれば6.5ポイントも低く、連結営業利益率の足を引っ張っている。
国内事業の上期(9〜2月)直営既存店売上高(オンライン含む)は値上げ(客単価110.4%)も足を引っ張って客数が94.6%と落ち込んで104.4%と伸び悩んだが、下期(3〜8月)は客数が103.3%と回復して109.2%(客単価105.7%)と好転した。生活雑貨は111.8%と好調、食品は波があるものの105.3%と堅調だったが、ユニクロに対抗して再構築した衣服・雑貨は100.5%と伸び悩んだ。
国内事業は生活圏立地への大胆なドメイン転換に伴って部門売り上げバランスと損益構造が流動しており、着地がどうなるのか読み切れない。海外事業も東アジアは売上が伸びて高収益化しているが、欧米は売り上げが伸び悩んで収益化の目処がようやく立った段階であり、国内外とも課題が山積している。
注1…ユニクロと営業利益率を比較するため、グローバル販管費として計上されている4.4%を一律に差し引いたもので、実際の按分とは一致しないと思われるから、大まかな目安と受け止めていただきたい
ファーストリテイリングと良品計画の経営効率の格差は、ユニクロ事業と無印良品事業の運営効率の格差が背景にある。国内ユニクロと国内無印良品の直営店効率指標を比較すれば格差の実態が見えてくるのではないか。
国内ユニクロの1店当たり売上高は24年8月期で9億9254万円と、前期から6.0%、19年8月期から12.9%増加した。平均店舗面積が1048平方メートルと前期から18平方メートル、19年8月期から66平方メートル拡大し、平米当たり売上高も95.2万円と前期から4.6%、19年8月期から5.2%上昇した結果だ。1人当たり保守面積も店舗の大型化とセルフレジなど店舗DXで40.4平方メートルと前期から5.6%、19年8月期からは21.0%も拡大し、1人当たり売上高は3844万円と前期から10.6%、19年8月期からは27.3%も上昇している。
運営効率の向上は1人当たり人件費の積み増しにつながっており、24年8月期は推計542万円と前期から12.2%、19年8月期からは36.0%も上昇している注2。この伸び率は1人当たり売上高の上昇を上回っており、連結人件費率(国内ユニクロ事業の経費明細は開示されていない)は19年8月期の13.2%から24年8月期は14.1%と0.9ポイント上昇している。
国内無印良品の1店当たり売上高は24年8月期で5億8344万円と前期から4.7%伸びたが20年2月期(20年2月期までは2月決算)からは1.8%の増加にとどまり、国内ユニクロの58.8%と格差が大きい。平均店舗面積は1200.5平方メートルと国内ユニクロを14.6%上回り、前期から86.5平方メートル、20年2月期からは388.5平方メートルも拡大したが、郊外生活圏立地へのシフトもあって、平米当たり売上高が48.6万円(国内ユニクロの51.1%)と前期から2.9%、20年2月期からは31.1%も低下している。
1人当たり保守面積も店舗の大型化で57.7平方メートルと20年2月期からは55.5%も拡大しているが、衣服・雑貨、生活雑貨、インテリア、食品とカテゴリーが多岐に渡ることもあってセルフレジなどの店舗DXやマテハン作業の効率化はユニクロに遅れており、1人当たり売上高は2806万円と20年2月期から7.2%しか上昇しておらず、国内ユニクロの73%にとどまる。
運営効率の停滞は1人当たり人件費の伸び悩みにつながっており、24年8月期は439万円とユニクロの81%にとどまり、前期から4.5%、20年2月期からも14.2%しか上昇していない。それでも1人当たり売上高の伸び率を上回っており、連結人件費率(国内事業の経費明細は開示されていない)は14.3%と前期から1.2ポイントも上昇したが、20年2月期の14.0%からは0.3ポイントの上昇にとどまる。
注2…国内ユニクロの1人当たり売上高に連結決算の人件費率を掛けて算出
「無印良品」の商品力は向上したのか
22年8月期(21年9月来)からの3期間の堂前体制下で、出店立地の郊外生活圏シフトによる足元集客と大都市圏店舗の広域集客という商品構成の二極化、大型化やセルフ精算による店舗収益構造の再構築、生産の内製化(工場直取引)による商品原価圧縮、衣服・雑貨/生活雑貨/食品それぞれの商品力強化、CVS.、生協宅配、SM(スーパーマーケット)内コーナーの拡充による卸の拡大が進められ、売上規模の拡大による収益力の改善は進んだが、「商品力」と「店舗収益構造」の向上は道半ばという感がある。
連結売上高は前期から13.8%伸びたが、生活雑貨の16.5%増、食品の15.0%増に比べ衣服・雑貨は11.8%増と伸びが鈍く、売上構成比も衣服・雑貨は37.6%と前期から0.7ポイント、19年8月期からは3.7ポイント低下している。生活雑貨は45.8%と前期からは1.1ポイント上昇しているが19年8月期からは3.3ポイント低下しており、その分、食品が13.0%と6.4ポイントも上昇している。
国内直営既存店売上高(オンライン含む)は前期から6.8%伸びたが、生活雑貨が11.8%、食品が5.3%伸びたのに対し、衣服・雑貨は0.5%しか伸びていない。19年比では85.1%、衣服・雑貨は65.3%にとどまるから、コロナからの回復は国内ユニクロ直営既存店売上高(19年比103.7%)に比べて格段に鈍い。国内直営全店売上高(オンライン含む)は前期から16.0%伸びたが、生活雑貨の20.9%増、食品の16.0%増に対して衣服・雑貨は9.5%しか伸びておらず、品質とお値打ちを改善する商品力強化にもかかわらず、出店立地の郊外生活圏シフトもあって伸び悩んでいる。
トルソーのウエアリングやVMDは洗練されたが、品質と価格のバランス(お値打ち)は進化が加速するユニクロとの格差が縮まらず、品質(特に素材)を追えば価格負けし、価格を追えば品質が負けるという構図は変わっていない。衣服・雑貨の売上規模は2487億円とユニクロ事業(2兆6440億円)の10分の1にも届かずロットの桁が違うから、素材の開発力や調達コストの格差は否めず、工場直取引を拡大してもコスト差は埋まらない。
グローバルに通用する「ライフウエア」を志向する「ユニクロ」は、サステナブルの社会的要求にも応えながら、定番アイテムの規範を逸脱することなく軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットの奔流に上手く適応しているが、元よりエシカルなライフスタイルと社会理念を提唱する「無印良品」はナチュラル素材へのこだわりもあって軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットの奔流に適応できず、中途半端に揺れ動いているように見える。洗練されたVMDで衣服・雑貨を分離展開するファッション化も生活圏でのエシカルな日常ニーズ対応とは温度差が大きく、都心部と郊外やローカルでブランドイメージが乖離するリスクも危ぶまれる。
衣服・雑貨に限らず、生活雑貨はニトリやイケアからダイソー(スタンダードプロダクツを含む)やスリーコインズまで、食品もスーパーマーケットやコンビニからドラッグストアまで競合が激しく、個々に比較されれば価格や機能・品質で勝てない品目も多々あると思われる。それをエシカルなライフスタイル提案と社会理念への共感で埋め切れるかというと、インフレと社会負担に所得が追いつかず生計が逼迫する今の現実を見れば疑問を抱かざるを得ない。
経営効率より社会理念?
ファーストリテイリングが「世界中のあらゆるお客様に手頃で高品質なライフウエア(究極の普段着)を提供するグローバルNo.1ブランドになる」ことを目指して、グローバルブランドとチェーンストアの定石を外さず、最新の見識とテクノロジーでアップデートを続け、着実に運営効率と経営効率を高めているのに対し、良品計画は「人と自然とモノの望ましい関係と心豊かな人間社会」「感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献することを企業理念に、「日常生活の基本商品群を誠実な品質と倫理的な視点から開発し、使うことで社会を良くする商品を、手に取りやすい価格で提供する」「地域の皆様と課題や価値観を共有し、共に地域課題に取り組み、地域への良いインパクトを実現する」と謳っているから、運営効率や経営効率より社会理念が前に出ている。運営効率や経営効率はそれらを実現するツール以上ではないのだろう。
経営効率という視点では「株主価値」が第一義に問われるが、ファーストリテイリングの株価が24年10月15日の終値で53520円と19年10月15日の終値から2.45倍になったのに対し、良品計画の株価は同じく2673円と1.17倍にしかなっていない。前述したように1人当たり人件費も、この間にユニクロが36.0%伸びたのに対し、良品計画は14.2%しか伸びておらず、その差は2割(103万円)も開いているから「労働者価値」でも劣る。社会理念を高々にうたっても、「株主価値」も「労働者価値」も満足に満たせないようでは、良品計画の経営はこのままで良いはずがない。
崇高な理念を掲げてもオーナーシップが定まらず、社長が交代する度に商品政策や出店政策が大きく振れては投資効率も運営効率も高まらず、ガバナンスも揺るぎかねない。金井政明氏の7年4カ月の後、松崎明氏が6年2カ月続いたが、「第二創業」を掲げて大きく政策を転換した堂前宣夫氏は3年3カ月という短命で終わったことも、株主や従業員、取引先などステークホルダーに不安を抱かせる。過去最高業績でも晴れ渡る未来が広がっているように思えないのは私の杞憂だろうか。