演技の上手い俳優は数あれど、ここまで「役を生きる」ことを実践してやまない人は、少ないのではないだろうか?そこにあるのは、強く、芯のある自分。ラブロマンスからアクションまで、ドラマにも映画にも、そして、満を持して大河ドラマ主演にも、求められるには理由がある──。
“歩き方・走り方・話し方、そのすべてにおいて自分を消し、役に入っていく”
作品だけを観てほしい。そのためなら「自分を消し」「とことん考える」。徹頭徹尾、そうして、これまで自身のキャリアを積み上げてきた。
「役を自分に引き寄せる人、自分から役に向かっていく人、役者にはふたつのタイプがあるけれど、僕は自分から役に入っていく後者です。役として生きるために、とことん考え、その上で、自分を捨て去る。役の人物が何を感じ、どう反応するか─ ─。たとえば、悲しいという感情にしても、涙を流すのか、必死にこらえるのか。姿勢はまっすぐ歩くのか、背を丸めるのか。でも、どんなに自分を消しても、やっぱりそこにいるのは僕自身。その事実は消すことはできません」
横浜さんが実践しているのは「役になりきる」などという、単純なことではなく、伝えるべきテーマを深く理解し、自分の中にある感情や経験を、役に合わせて寄り添わせ、アウトプットしていくという手法だ。核となるのは、やっぱり「自分」。それが見事にはまったのが、最新主演映画の『正体』である。横浜さんが演じたのは、殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けたのちに脱走し、潜伏を続ける主人公・鏑木慶一。
「鏑木は、理不尽な現実にさらされているけれど、心はきれいで希望を信じて生きている。その強いメッセージを伝えることが、いちばん目ざしたところでした」
逃亡する先々で、外見も変わり、主人公の心も変化していく。人と触れて、その気持ちを受け取り、心とともに、行動が変わっていく…。その結末は、映画を観てのお楽しみだが、横浜さんが「自分を消し去り」、歩き方・走り方・話し方、そのすべてにおいて、「役に向かった」結果がそこにある。その過程では、自身の感じたことや意見は、監督に躊躇なく伝え、実際の演技やセリフにも反映されている。
“案外、頑固で曲げられないところは主張してしまうんです”
「藤井道人監督とは、これまで何作も一緒にやってきているので、おたがい、すべてを知り尽くしている仲です。思ったことは何でも言うことができるし、彼もそれを汲んでくれる。僕は案外頑固なところがあって、人の意見はもちろん聞くけれど、曲げられないところはしっかり主張する。そうしないと、なんだか気持ちが悪いんです」
その成果は、これまでの作品にも強く表れている。そしてそれらが大きく評価され、来たる大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の主演にも抜擢。さらに期待が高まるが、横浜さん自身はすでにその先を見据えている。
「日々、撮影が続くのはうれしいことだけれど、自分には人間としての、ごく普通の生活が足りていないのではと感じることがあると、これでいいのかという焦りもあります。アウトプットばかりが続くと、表情や感情の引き出しがなくなってしまう。だから、人の感情の動きを観察したり、大好きな格闘技を観ながら、選手が背負っているものを想像してみたり。それも大事なインプットです。本当は、何か趣味でもあったらいいのかもしれないけれど、まずは、街を歩くことから始めようかな。大丈夫、僕は“自分を消す”のが得意だから、どこにいても、誰にも気づかれません(笑)」
俳優:横浜 流星
Ryusei Yokohama
1996年9月16日生まれ、神奈川県出身。2011年俳優デビュー。2019年公開の『愛唄-約束のナクヒト-』『いなくなれ、群青』『チア男子!!』の3作品で日本アカデミー賞新人俳優賞、『流浪の月』では同賞助演男優賞を受賞。近年の主な出演作に『アキラとあきら』『線は、僕を描く』『春に散る』ほか。最新主演映画『正体』が現在公開中。2025年NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~』では主人公である蔦屋重三郎を演じる。2025年、映画『国宝』が公開予定。
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