TABACO ROAD

サザン情報を中心につづる

サザンオールスターズって、やっぱりハラボーじゃない??

ずっと昔から思っている。

桑田さんのハチャメチャぶりを黙って見守ってきたのはハラボー。

桑田さんが癌になって看病したのもハラボー。

ハラボー無くては名曲は生まれなかったに決まってる。

 

桑田さんの音楽を聴けるわたしたちは、最高にしあわせ者だ。

桑田さんとハラボーの出会いと「サザンオールスターズ」の名前の由来

青山学院大学への入学当初、イチョウ並木を歩いていた原に、軽音楽サークルが声をかけてきたという。サークルの説明会に出向いたところ、彼女の大好きなエリック・クラプトンの曲を演奏しているバンドの姿が。そのバンドでギターを弾いていたのが桑田で、ベース担当が関口和之だった。

 

 「クラプトンが好きな人いるからこのサークルに入ろう」と決めたものの、「桑田がリーゼントみたいな怖い感じでしたので、一緒にいた友達と、『あの人には近づかないようにしようね』なんて話していた」と笑った原。

 だが新入生歓迎コンパの時、桑田から「クラプトン好きな子いるんだって?」と聞かれた原は「ああ、私です」と自分であると告げ、意気投合。エリック・クラプトンの『Layla』を弾いたところ、桑田が「やればできるじゃん、原さん」と褒めてくれたそう。

 その年の秋、桑田から誘ってもらって始めたバンドが「青学ドミノス」。原は「それがサザンオールスターズの前身となるバンドだった」と明かした。ただ月1回のライブに出るたびに「バンド名を変えるっていうのを楽しんでウケを狙ってやっていた」と振り返った。

 翌76年の4月、ライブに出るときになかなか名前が決まらず困っていたところ、現在、音楽評論家もしている桑田の友人・宮治淳一が「苦し紛れに考えてくれた名前がサザンオールスターズ」だったとのこと。

 

 原は、宮治がバンド名を考えた理由として「あいつらサザンロックが好きだし、しょっちゅうメンバーも出入りしているからオールスターズでいいやっていう感じ」と話していた。

青山学院大学への入学当初、イチョウ並木を歩いていた原に、軽音楽サークルが声をかけてきたという。サークルの説明会に出向いたところ、彼女の大好きなエリック・クラプトンの曲を演奏しているバンドの姿が。そのバンドでギターを弾いていたのが桑田で、ベース担当が関口和之だった。

 「クラプトンが好きな人いるからこのサークルに入ろう」と決めたものの、「桑田がリーゼントみたいな怖い感じでしたので、一緒にいた友達と、『あの人には近づかないようにしようね』なんて話していた」と笑った原。

 だが新入生歓迎コンパの時、桑田から「クラプトン好きな子いるんだって?」と聞かれた原は「ああ、私です」と自分であると告げ、意気投合。エリック・クラプトンの『Layla』を弾いたところ、桑田が「やればできるじゃん、原さん」と褒めてくれたそう。

 その年の秋、桑田から誘ってもらって始めたバンドが「青学ドミノス」。原は「それがサザンオールスターズの前身となるバンドだった」と明かした。ただ月1回のライブに出るたびに「バンド名を変えるっていうのを楽しんでウケを狙ってやっていた」と振り返った。

 翌76年の4月、ライブに出るときになかなか名前が決まらず困っていたところ、現在、音楽評論家もしている桑田の友人・宮治淳一が「苦し紛れに考えてくれた名前がサザンオールスターズ」だったとのこと。

 原は、宮治がバンド名を考えた理由として「あいつらサザンロックが好きだし、しょっちゅうメンバーも出入りしているからオールスターズでいいやっていう感じ」と話していた。

 

原由子の名言

「私はもうもちろん、桑田のことを100%リスペクトしています」

そして、桑田さんも昔からハラボーへの敬意を口にしていた

10月30日放送「関ジャム 完全燃SHOW」(テレビ朝日系)では、番組から桑田サンが「桑田佳祐にとって原由子の存在とは?」と問われると、「44年の航海の中で、彼女はサザンオールスターズ羅針盤であり、桑田佳祐にとっての灯台であると思う。たぶん……」とコメント

お互いにリスペクトできるってなんて素晴らしいんだろう。

 

2023年の原由子のソロライブでは・・・

原由子の夫でございます」

桑田佳祐が妻ソロ公演サプライズ登場 

 サザンオールスターズ原由子(66)が6日と7日に神奈川県鎌倉市鎌倉芸術館で、昨年10月にソロとして31年ぶりにリリースしたオリジナルアルバム「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」を引っ提げたスペシャルライブを開催。

アンコールのラストには、ファンの期待に応えるようなビッグサプライズが待っていた。


最後の楽曲に用意したのは、原がカバーアルバム「東京タムレ」(02年3月発売)に収録した橋幸夫吉永小百合の名曲「いつでも夢を」。

デュエット曲だけに相手が必要となるが…。

そこへハンドマイクを手に、同曲を歌いながら桑田佳祐が登場。

客席は総立ちとなり、夫婦が美声を重ねると大歓声が響き渡った。
 桑田はライブ成功をねぎらうブーケを、プロポーズ風にひざまずいて原にプレゼント。

そして「13年ぶり? 何やってんのよ、毎年やろう!」と妻にエールを送った。

 

 「原由子の夫でございます」「桑田佳祐の妻です」。

照れながら並んで自己紹介する2人。原がサポートメンバーを紹介した後、桑田はあらためて主役の原を紹介するのをうっかり忘れたようで、原は「桑田さん、私は?」とおねだり。

すると桑田が「竹内まりやさんです」「南田洋子さんです」などと小ボケをかまし、まるでめおと漫才のように息ぴったりな掛け合いを見せた。

 

原由子とは・・・

原 由子(はら ゆうこ、1956年〈昭和31年〉12月11日 - )は、日本の女性ミュージシャン、シンガーソングライター。ロックバンドであるサザンオールスターズのメンバーで、キーボード・ボーカルを担当[3]。神奈川県横浜市出身。所属事務所はアミューズ。所属レコード会社はJVCケンウッドビクターエンタテインメント、所属レーベルはタイシタレーベル。青山学院大学文学部卒業。愛称は、原坊(ハラボー)。

夫はサザンオールスターズバンドマスターを務める桑田佳祐

 

1978年にサザンオールスターズのメンバーとしてメジャーデビューを果たし、1981年に「I Love Youはひとりごと」でソロ活動を開始した[7]。サザンとソロ活動を両立し、ソロとして「恋は、ご多忙申し上げます」「ハートせつなく」「花咲く旅路」などがヒットしている[8]。ミュージシャンとしての活動ではソロコンサート、楽曲提供も行い、ほかにもエッセイの出版、CM・ラジオの出演など幅広く活動している。

最後に勝利するのはハラボーだ。

 

 

 

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原由子 - Wikipedia