答えは最後の最後に自分でだすもの。
このドラマは答えを出すヒントが、たくさんあったけど普通の人の人生はまた違う。
玲央と鉄平が似ていると思い込んでいたように、長い年月の間に忘れてしまうこと、あいまいな記憶を決めつけてしまっていることがいっぱいある。
もしかしたら、今でも心の奥に焦がれた人の影を抱えて、今の生活とは違う人生を思うこともあったりする。
私自身にとってはその純粋な思いも、”ダイヤモンド”だ。
そんなことを考えるドラマだった。
日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)が始まったとき、「『ねえ、いづみさんって、何者?』という質問を、このドラマそのものに投げかけたくなる第1話だった」とレビュー(『海に眠るダイヤモンド』は“今を生きる勇気”をもたらす一作に コードネーム“いづみ”の謎)に書いた。端島の歩みをたどる歴史ものでもあり、そこで夢や恋愛を追いかける若者たちの青春ものでもあり、謎の女性・いづみ(宮本信子)と鉄平(神木隆之介)を巡るミステリーでもあり、そして現代を見つめた社会派ものでもあり……。「何々ドラマ」という一言では語ることができず、少し戸惑いさえ感じていたのを覚えている。だが、それは至極当たり前のことだった。なぜなら、このドラマはいづみが生きた朝子(杉咲花)の人生そのものだったのだから。
人生は、ひとことで語られるほど単純ではない。青春時代を過ごしていたころには考えられないような未来にたどり着くこともある。それは自分ではどうにもならない社会の影響を受けていることもあれば、知らないうちに誰かに守られていたなんてことも。その自分では気付けなかった誰かの意志に謎が生まれたりもする。
だから、最終話のクライマックスで朝子がいづみと対峙した場面では思わず胸を打たれた。「私の人生、どがんでしたかね」そう問う朝子(若き日の自分)に、いづみは「朝子はね、きばって生きたわよ」と微笑むのだ。その言葉が持つ重みを、3カ月前だったら想像できなかったと思う。でも、今は違う。もう端島を「軍艦島」と呼ぶことにちょっぴり違和感を持つくらい、あの島に愛着を持っている。そして、キラキラ光るガラスの花瓶に活けられたコスモスを見て目頭が熱くなるくらい、朝子が「きばって生きた」ことを知っている。そのことが切なくも、嬉しいのだ。みんなが忘れてしまっても、「覚えているよ」と言ってあげられるのではないかと思うから。
罪深い進平の選択と、その兄の罪を被った鉄平の選択
朝子が鉄平(神木隆之介)が迎えに来ると信じて待ち続けた、あの夜。リナ(池田エライザ)の息子が誘拐される事件が起きた。兄の進平(斎藤工)が射殺した炭鉱夫の小鉄こと門野鉄(若林時英)の兄(三浦誠己)が、その報復をするために端島にやってきたのだ。
鉄平と進平の間に兄弟愛があるように、鉄とその兄もお互いを唯一無二と思い合っているのだと思うとやるせない。そして、もう鉄も進平も死んでしまっているのに、今度はその兄と弟とが命の奪い合いをせざるを得ない状況になっているというのがなんとも皮肉だ。どちらも家族を思う気持ちは違わないはずなのに。どうしてこんなことになってしまったのかという辛い気持ちで眺めるしかなかった。
誠とリナを救うため、そして朝子をはじめとした端島に住む人たちに危害を加えないために、兄の罪を1人ですべて被ることにした鉄平。自分が鉄を殺したのだから、自分を捕まえてみろと挑発したまま、誠を奪い返しリナとともに小舟で逃げ出した……というのが、鉄平が端島を離れた本当の理由だった。
朝子の人生を進ませた、愛しているからこその「沈黙」
追われる身となった鉄平は、何度も何度も朝子に手紙をしたためては破り捨ててきた。何歳になっても、どこへ逃げても、鉄の兄は追いかけてくる。そんな危険な状況の自分が、朝子に近づくわけにはいかない。そして、誰よりも端島の未来を見据え、端島にいる朝子との将来を考えていた鉄平が、全国を転々とすることになるとは、あのキラキラとした端島の青春を思い返すと、想像もしなかった末路に胸が苦しくなった。
きっと「待っていてほしい」と伝えれば、朝子はいつまでも待ったはずだ。あの夜、朝まで鉄平をじっと待っていたように。だからこそ、言えなかったのだろう。朝子の人生を縛り付けてしまう。いつ終わるかわからない地獄に突き合わせてしまう。愛しているからこそ、朝子に背負わせたくない。
そこに百合子(土屋太鳳)が原爆に巻き込まれたことを幼かった朝子には伝えていない、あの幼なじみ間の「沈黙」と繋がっていることにハッとさせられた。そして、今回は百合子にもその重荷を背負わせまいと、鉄平と賢将(清水尋也)の「テッケン団」だけの秘密となった。朝子がかわいいからこそ、その秘密を文字通り墓場まで持っていった2人の愛情深さと心の強さに脱帽する。
そして、その沈黙があったからこそ、朝子は新しい人生を歩みだすことができた。虎次郎(前原瑞樹)と結婚して、娘と息子を授かった。虎次郎の就職に合わせて東京に行き、大学まで出て、会社を立ち上げた。そして持続可能な緑化事業を進め、東京の景色さえ変えるまでになった。それは、あの夜からずっと1人で鉄平を待ち続ける朝子からは決して繋がらない未来。もちろん、端島にいたときの彼女が心から望んでいた未来だったわけではないかもしれないけれど。精一杯彼女なりに人生を切り拓いてきた誇らしい未来でもあるのだ。
人々の生きた記憶が誰かの瞳を輝かせるダイヤモンドに
しかし、あのときの誠がまさか澤田(酒向芳)だったとは誰もが驚いた展開だっただろう。自分の存在が朝子から鉄平を奪ったと罪の意識に苛まれてきた誠こと澤田の苦しみは、そしてすべてのきっかけとなってしまったリナの罪悪感は一体どれほどのものだったか。リナは、いっそのことみんなに怒ってもらいたかったのではないだろうかと思う。鉄平の母・ハル(中嶋朋子)がそうしたように、正面から怒ってくれたら誠心誠意謝ることができたのだから。謝って済む問題ではなかったとしても、リナが肝臓を壊す未来は違っていたかもしれない。
残念ながら、リナにその機会は訪れなかったが、澤田にはやってきた。手をついて謝罪する澤田に、いづみは「あなたが生きてて、また会えて、良かった」と手を握る。それは、これだけの長い時間が経ったからこそ出てきた言葉なのだろう。どんな苦しみや悲しみも、時を経ることで徐々に癒やされていくことを「時間薬」や「日にち薬」などと言う。もし、朝子が新しい人生を歩みだしたばかりのタイミングで、真実を知ったとしたら、こんなにも穏やかには受け止められなかったはず。リナではなく、澤田にその機会が訪れたとはそういう意味なのだろう。
人は人生を大きく変えた出来事に対して「もう昔のことだから」と言えるようになるまで、一体どのくらいの時間薬が必要なのか。生き物の亡骸が、地球の一部になっていくように。少しずつ私たちの生きた記憶も、やがて歴史の一部となっていく。長い長い年月を経て、その石炭が黒いダイヤモンドと呼ばれるほど遠い未来の人々にとって大きなエネルギーを与えたように。過去を生きた鉄平や朝子の思い出が現代を生きる玲央(神木隆之介/1人2役)に、そして私たち視聴者にも生きるパワーを与えてくれた。そう思うと、この世界にはなんと壮大なエネルギー循環が成立しているのだろうと唸らずにはいられない。
時間の流れに賭け、すべての思いを抱えて今を懸命に生きる
すべてを知ったいづみを連れて、玲央は再び端島に行こうと誘う。以前、玲央と端島に向かったときは、島が近づくにつれてまるでまだ生々しい亡骸を目の前にするような心境だったいづみ。だが、鉄平のその後について知ることができた今は、もう黒いダイヤモンドになっていたのかもしれない。上陸するやいなや、一気に蘇っていく端島の記憶。もちろん年齢を重ねて、ぼんやりとしていた部分もあってもおかしくない。だが、実際に古いあのころのフィルムを見てみると、瓜二つと言っていた鉄平と玲央があまり似ていなかったことに思わず笑ってしまった。
だが、会いたい気持ちが他人の空似を創り出す経験をしたことがある人は、少なくないのではないだろうか。別れてしまった恋人、疎遠になった友人、亡くなった家族……もう二度と会えないと思う人の面影が宿るような瞬間があるのだ。それが、何十年前の記憶となればなおさらだ。それだけ、彼女の人生でやり残した大きなことだったとも言える。
そんないづみの積年の想いを、玲央が叶えてくれたという意味では、「時間の流れに賭けた」と賢将が言ったように「神の思し召し」といわれる領域の出会いだったのかもしれない。ふと、いづみが思いを馳せた心の中の端島に涙腺が刺激された。今はもういない愛しい人々が、こんなにも生き生きとしている。端島に置いてきた、記憶という名のダイヤモンドがキラキラと輝く。
生前、鉄平が置いていったというギヤマンも、端島に置いてあった。それは朝子には物理的には届かなかったけれど、今こうして心の中で受け取ることができた。その眩しく温かな光景に、人が生きる上で避けることのできない「寂しさ」を抱きしめてもらったような気がした。命あるものは必ず、その終わりを迎える。見送り、見送られ、そして時の流れとともに忘れ去られていく。それでもすべてを抱えて今を懸命に生きる。たとえ旅立っていってしまっても、会いたい人たちは心の中で笑っていてくれるはずだから。そして、いつか自分がそっち側に近づいたときには「きばって生きたよ」と過去の自分に笑いかけてあげられたら。そんな人生を精一杯生きたいと思わせてくれるドラマだった。
■配信情報
日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』
TVer、U-NEXTで配信中
出演:神木隆之介、斎藤工、杉咲花、池田エライザ、清水尋也、中嶋朋子、山本未來、さだまさし、國村隼、土屋太鳳、沢村一樹、宮本信子、尾美としのり、美保純、酒向芳、宮崎吐夢、内藤秀一郎、西垣匠、豆原一成(JO1)、片岡凜
脚本:野木亜紀子
演出:塚原あゆ子、福田亮介、林啓史、府川亮介
プロデュース :新井順子、松本明子
スーパーバイザー:那須田淳、岡崎吉弘
音楽:佐藤直紀
編成:中井芳彦、後藤大希
引用記事:
誠がまさか澤田(酒向芳)だったとは誰もが驚いた展開だった|Real Sound|リアルサウンド 映画部